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昔は「絹川」だった!「鬼怒川」に変わった歴史を学んでおこう

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歴史

■大きな被害を出した「鬼怒川」の洪水

今月10日、鬼怒川の堤防が決壊し、大きな被害が出た

犠牲者は茨城県2人、栃木県3人

常総市では鬼怒川の東部地区が浸水し、3日間で4000人近くが自衛隊ヘリコプターやボートなどで救助された

常総市では北側などで、水は引いてきたものの、14日現在、南側を中心にした10平方キロが水に覆われているということです

■よく考えると「鬼が怒る川」と恐ろしい名前の鬼怒川。歴史を振り返ってみると…

よくよく目を開いてみれば「鬼が怒る川」という名前は相当な迫力と言わねばなりません

・昔は「絹川」「衣川」と呼ばれていたようです

昔、絹村という所があり、よく絹を洗っていたところから絹川と名が付いた

「きぬがわ」には、好天時の穏やかで絹・衣の様な流れを表すであろう「絹川」あるいは「衣川」の漢字が当てられて来た

・だが、江戸~明治ころ、度重なる氾濫から「鬼怒川」と変わった

江戸時代から「鬼怒川」と漢字が変わったのは、この川の度重なる氾濫の歴史にある

現在に見る「鬼怒川」という表記は、江戸時代の史料(寺田家文書)に「新鬼怒川堀割、寛永元甲子年也」として見えるほか、明治から『古事類苑』など諸文献に見られる

・今の鬼怒川の流れは江戸時代に「変えられた」って知ってた?

※画像クリックで拡大

江戸時代に利根川の東遷事業が行われ、鬼怒川と小貝川が切り離され、利根川へと合流するようになりました

家康は「利根川つけ替え」の大工事を敢行、かつて江戸に注ぎ込んだ古い利根の水系は東に移され、銚子から太平洋に注ぐ現在の流れが人工的に作られました

これによって、新しい利根川の支流となった1つに鬼怒川があります

鬼怒川・小貝川の分離は、利根川東遷事業の一環として、慶長13年(1608)から元和年間(1615~1624)初頭にかけて進められました

・かなりの頻度で氾濫している鬼怒川

鬼怒川は急流河川でありこれまで大きな洪水による被害をもたらしてきました

鬼怒川(石井地点)
洪水年月日原因
S10年9月台風による温暖前線の活発化による豪雨
S13年9月台風による豪雨
S22年9月台風(カスリーン台風)による豪雨
S24年8月台風(キティー台風)による豪雨
S57年9月台風の影響に伴う秋雨前線の活発化による豪雨
H14年7月台風(6号)による豪雨

大雨が降れば容易に洪水を起こしやすい地域であるということに留意しておく必要がある

■昨年の広島で起こった土砂災害でも地名が話題になった

▼外部リンク 出典元

昔は「絹川」だった!「鬼怒川」に変わった歴史を学んでおこう



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